【解説】エピソード9制作の"迷走"のすべて:カイロ・レンの改心、レイの出自、パルパティーンとの戦いはどう最終決定されたのか

2025/02/07

映画 論考&解説

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『エピソード9/スカイウォーカーの夜明け』は、スカイウォーカー・サーガの完結作であり同時に最も急ピッチで制作されたスター・ウォーズ映画でもある。監督の途中交代もありその物語には大きな紆余曲折があった。この記事では様々な情報を参考に、『スカイウォーカーの夜明け』の重要要素である「ベンの改心」、「パルパティーンとの戦い」、「レイの出自」の三点がどのように最終版にたどり着いたのかを解説・考察していく。

比較対象として、コリン・トレヴォロウ版のEP9案『Duel of the Fates』(DotF)初稿、その第二稿ジャック・ソーンのEP9案『スカイウォーカーの夜明け』撮影直前の脚本版、その公開版の5つを主に取り上げることとする。また、前提としてこの記事では多くの未確定な情報を取り扱っている。DotFの初稿は完全にリークされたが、第二稿やソーン案はMaakingStarWarsがもたらした情報しかない。また、『スカイウォーカーの夜明け』撮影前の案はAndrew氏が手に入れた撮影スケジュールとその考察を基にしている。この記事が必ずしも真実とは限らないことを前提に読み進めてもらいたい。

前提:EP9の制作過程

DotFコンセプトアート:レイvs.カイロ・レン
もともと「エピソード9」を監督予定だったのはコリン・トレヴォロウだった。彼は自らのEP9案『Duel of the Fates』(DotF)を一度書き上げ、キャリー・フィッシャーの死後にはその死に対処した第二稿も書き上げていたものの、上層部はその内容に満足しなかった。このDotFはジャック・ソーンを新たに脚本家に迎えて大規模なテコ入れを図った🔗ものの、『最後のジェダイ』公開前の2017年9月5日にトレヴォロウは正式に解雇された。(DotFの詳細が気になる方は、リークされた初稿を基にしたファンコミックの翻訳版をご一読ください)。

その一週間後新たにエピソード9の監督として正式発表されたのは、『フォースの覚醒』の監督だったJ・J・エイブラムスだった。映画の公開日は2019年5月から12月へと延期されたが、エイブラムスと脚本のクリス・テリオに残された時間は2年ほどしかなかった。二人はDotFの内容を踏襲しつつも新たな要素を加え、10月よりアートチームを発足させた。そしてそこからわずか2か月でボブ・アイガーCEOに自らのストーリーを披露し🔗、脚本をその翌年の2018年2月にひとまず完成させた🔗

しかし、ここからも多くの変更がなされたようである。本作のマクガフィンも決まり切っておらず初めは艦隊を航行不能にする妨害装置が候補であったが、やがてシスの短剣へと変化した。ある程度脚本を仕上げ8月には撮影に入ったものの、全3幕のうち最初の2幕までしか固まっておらず[1]、撮影中に物語を作るという強行スケジュールでの制作に突入した。後述するが、撮影開始時点ではレイの出自もベンの改心の方法も、パルパティーンとの戦いの描写も何も最終決定していなかったようである。撮影の折り返しの10月の末ごろにダーク・レイのシーンが追加され、ようやく第3幕が固まり始めた[1]。撮影は2019年2月に終了した🔗

『スカイウォーカーの夜明け』コンセプトアート:オラクルとの対面
しかし、本撮影後も苦闘は続いた。カイロ・レン役のアダム・ドライバーは合間を縫っての音声の再録音を強いられた🔗。マスクをかぶっているシーンなど口元が映らないシーンのセリフを変更するための再録音だった。その後も、冒頭にあるはずだったルークとレイアの訓練シーンの移動[1]や、預言者オラクルのシーンなどの削除、色彩の調整🔗が行われ、テスト上映後にはスピルバーグの助言によってバブ・フリックは生きていることとなった🔗。そして公開まであと1か月を切った2019年11月24日に本作は無事に完成へとこぎつけた🔗

カイロ・レンの改心


『スカイウォーカーの夜明け』公開版:ベン・ソロ
迷走を極めていた「エピソード9」の制作だが、カイロ・レンの償還、つまりベンの改心だけは唯一本作のテーマとしてあり続けた。これは、トレヴォロウ版のEP9案『Duel of the Fates』(DotF)初稿&第二稿、ジャック・ソーンのEP9案、『スカイウォーカーの夜明け』のすべてに共通している。EP9脚本家のクリス・テリオは「ケネディ社長は終わり方について明確なビジョンを持っていた」🔗と語っており、カイロ・レンの改心は上層部の決定であった可能性が高い。実際に、上層部から不満を述べられたトレヴォロウは第二稿のDotFにてカイロ・レンの改心を強調している。(ただしカイロ・レン役のアダム・ドライバーは「EP7制作時はEP9にベンの側面は登場するはずではなく、完全な悪役になるはずだった」🔗と語っている点には留意が必要である。これはDotFの初稿への言及か・・・?)

DotF初稿のファンコミック:カイロ・レンの改心
リークされたDotFの初稿ではカイロ・レンはメインの悪役であった。前提としてこの初稿では、カイロ・レンはかつてスノークの命令でレイの両親を殺した人物で、レイの仇である。そしてEP9で傷を負って新たなマスクを手に入れたカイロ・レンはさらに闇に傾倒し、トーア・ヴァルムと呼ばれる謎の暗黒面の使い手に知識を乞う。だが、物語中盤ではその新たな師から生命を吸い取り殺し、暗黒面の頂点となる。そして神話の惑星モーティスに眠る力を求め、レイと激突する。モーティスでは戻ってくるように語り掛ける父ハン・ソロの幻影や止めようとする叔父のルークの霊体を振り切り、レイを斬りつけその視力を奪い彼女の生きる力(≒フォース)さえも吸い取ろうとする。だが、最後はレイアからの呼びかけで光へと戻る。レイに命を返し、そして彼女の苗字「ソレナ」も返しカイロ・レンは死んでいく。これがDotF初稿の内容である。『スカイウォーカーの夜明け』よりも、カイロ・レンはよりダークな部分に足を踏み入れており、かつその帰還はやや唐突で短いものだった[2]

第二稿はレイア役のキャリー・フィッシャーの死への対応に迫られた改訂でもあったが、カイロ・レン周りにも大きな変化がある。端的に言えば、よりカイロ・レンの転向を丁寧に描こうとする試みが見られた。レイとカイロ・レンの共通の敵として、新たなキャラのソロニー・レンが登場している(余談だがこれはルーカスも魅了されたダース・タロンの正史版のようだ)。レイアからの呼びかけは物語の中盤に移され(ついでに言うとレイアの死も描かれている)、以降のカイロ・レンは正義と悪の曖昧な場所に位置している。そして何より最期が決定的に異なる。初稿では自分でレイの命を奪い自分でレイを生き返らせるというマッチポンプであったが、この第二稿ではソロニー・レンに対してレイとカイロ・レンが共闘し、そしてレイをかばって傷を負ったカイロ・レンは死亡する(カイロ・レンがレイの両親を殺したこと、最期に「ソラナ」という名前を再び与える点は同じだ)。[3]

ジャック・ソーンのEP9案はわずかしか明らかになっていないが、ここでもカイロ・レンがレイを救うために死亡するという流れは変わらない。ただ、ここで「レイに命を分け与える」というDotF初稿のアイデアが再登場する。そして第二稿と合わせたような「レイの傷を癒すために命を分け与えたカイロ・レンが死亡する」というアイデアが浮上する。このアイデアはご存知のように『スカイウォーカーの夜明け』の公開版まで残ることになる。[4]

『スカイウォーカーの夜明け』コンセプトアート:チューバッカを尋問するカイロ・レン
『スカイウォーカーの夜明け』のカイロ・レンの描写がいつ固まったのかは定かではない。だが、ここまで変遷を見ればわかるようにカイロ・レンの改心とその最期は当初から固まり切っていたように思われる。ただし、撮影開始時点の脚本版と公開版には注目すべき相違点もある。一つは、カイロ・レンとチューバッカの対面シーンだ。これはチューバッカ役のヨーナス・スオタモが実際に撮影したと語っており🔗、小説版にも残っている。カイロ・レンは捕らえたチューバッカを尋問し、彼の怒りや恐怖を煽ってその頭の中を覗き込むが、幼き日のチューバッカの過去の思い出を垣間見て動揺するというシーンである。公開版に残っていれば改心のきっかけとなるシーンだっただろう。また、カイロ・レンがハン・ソロと再会する場所も脚本版では違ったようだ。カイロ・レンはレジスタンスの基地を訪れ、そして<ミレニアム・ファルコン>内で父と再会するという流れが想定されていた。[1]

レイの出自

『スカイウォーカーの夜明け』公開版:自分の出自を知るレイ
ベン・ソロの改心とは対照的にレイの出自については様々な案が検討されていた。『最後のジェダイ』の「何者でもない」というのは一つの答えに思えたが、その答えに満足しない制作陣も居たようだ。しかし、前提としてコリン・トレヴォロウは『最後のジェダイ』公開前に降板させられており、『最後のジェダイ』の軌道修正のために監督を変更したということはない。

DotFファンコミック:境地に達するレイ
トレヴォロウ版EP9『Duel of the Fates』(DotF)では、初稿でも第二稿でもレイは「何者でもない」という『最後のジェダイ』を踏襲した設定となっている。全作との違いがあるとすれば、両親がレイを手放した理由だ。この作品では、カイロ・レンがスノークの命令で将来の脅威となるレイを探し、彼女の両親を殺したことが明かされている。カイロ・レンの死は前述の通り初稿と第二稿で異なるが、この流れは初稿でも第二稿でも同じであり、最期に彼が「ソラナ」という苗字を彼女に再び与えるところも共通している(ちなみにこのSolanaはハンのSoloとレイアのOganaの二つの名字を組み合わせたものであるようだ)。本作では「何者でもない者などいない(No one is no one)」というセリフがキーワードになっており、「何者でもない」は本作の肝であった。なお、怒りでフォース・ライトニングを発するという描写はDotF初稿からある[2][3]

ジャック・ソーンのEP9案でも「何者でもない」という設定は部分的に踏襲されている。この案でもレイは特別な血筋ではない。ただし、レイとベン・ソロの関係性を再定義するためか、この案ではレイの母は、ソロ家のメイド/ベンの乳母であり、つまりレイは「妹のような存在」であると明かされている。二人は幼少期に共に過ごしたとの設定である。[4]

JJエイブラムスが加わった後のEP9案ではレイの出自の決定にだいぶ難儀したようだ。レイ役のデイジー・リドーリーはJJがEP7当初オビ=ワンとの関係性を検討していたと明かしたうえでこう語っている。「EP9の企画をJJから持ちかけられたときは、『パルパティーンがレイのおじいちゃんだ』という感じだった。それから2週間後、JJは『まだわからない』と言っていた。だから、撮影しているときでさえ出自の答えがどうなるのかわからなかったわ🔗。この発言を基に考えると、本編シーンでも事情が垣間見える。カイロ・レンが「レイはパルパティーンである」と明かす場面をよくよく見てみると、カイロはマスク越しに一連のセリフを発している。『スカイウォーカーの夜明け』はほぼ物語の順番通りに撮影したことが明らかになっており[1]、このシーンを撮影した時点ではレイがパルパティーンの孫娘であるという設定の最終決定はなされておらず、後から声を当てている可能性は大いにある。

ただし、第3幕の撮影時点で最終決定はなされていたであろう。そうでなくては、パルパティーンとの戦いのシーンが撮れていないはずだ。10月25日に"ダーク・レイ"のシーンが追加され、その後11月の大幅な第3幕の改訂の後、今の形に落ち着いたとみられる[1]。これは撮影が始まってから3か月後であり、撮影期間の折り返し地点であった。ギリギリのところで決定がなされたことがうかがえる。

上記の通りそれぞれの案でバラバラなレイの出自だが、一点だけ「レイはスカイウォーカーの血筋ではない」という点は共通している。『フォースの覚醒』公開前の2014年5月21日の会議にて、設定を管理する立場のパブロ・ヒダルゴは「彼女がスカイウォーカーになるというアイデアを気に入っている。スカイウォーカーは比喩であり、必ずしも血筋と結びつく必要はない」と述べており、周囲も賛同している[5]。この話を考慮すると、レイがスカイウォーカーの血筋ではないということだけは最初から決まっていたのかもしれない。

パルパティーンとの戦い

『スカイウォーカーの夜明け』公開版:復活したパルパティーン
『Duel of the Fates』初稿では前述したとおり、メイン・ヴィランとして君臨したのはカイロ・レンであった。彼はトーア・ヴァルムという謎の暗黒面の使い手を倒しその力を手に入れ強力な悪役となる[2]。しかし、第二稿ではレンの兄妹弟子である悪役ソロニー・レンが追加され、彼の悪役としての地位は限定的なものとなった。また第二稿の特筆すべき点として、謎の暗黒面の使い手トーア・ヴァルムが削除され、プレイガスのホロクロンが知恵を与える存在になった[3]。この変更は、上層部がEP9にプリクエル三部作との接続を望んでいたことを示唆する。

『スカイウォーカーの夜明け』コンセプトアート:2017年11月に描かれた復活したパルパティーン
ジャック・ソーン案のメイン・ヴィランは明らかになっていない。だが、JJエイブラムスが開いた最初のアートチーム会議の6日後の10月11日にはすでに復活したパルパティーン皇帝のコンセプトアートが描かれており、当初からこの『スカイウォーカーの夜明け』がパルパティーン皇帝の復活を根本においていたことがうかがえる🔗。また、『スカイウォーカーの夜明け』の脚本家でJJと二人三脚で制作したクリス・テリオすら「自分が参加する前からパルパティーンの復活は議論されていた」🔗と語っており、この復活はソーン案からの踏襲か、JJが最初から持っていたアイデアなのだろう。

パルパティーンとレイのつながりは先述した通り最初から前提にあるものではなかった。そして、撮影開始時点の脚本版では、パルパティーンvs.レイ&カイロ・レンという公開版の構図とは違う形が想定されていた。パルパティーン本人は戦いの外におり、レイ&カイロ・レンと戦うのはマット・スミスが演じるキャラクターだったようだ。彼がどのような役だったのかは判明していないが、本来登場するはずだったと認めたスミスは「SWの歴史に大きな変化をもたらす」🔗役柄だったと語っており、彼がパルパティーンの若きクローン体を演じた可能性もある。ただし、最後はレイが一人でパルパティーン(ともう一人の悪役)を倒すという流れは変わらない[1]

また、パルパティーンの登場のタイミングも異なっていたと思われる。公開版では冒頭のムスタファーのシーンの次にはパルパティーンが登場するが、撮影開始時点の脚本版はルークとレイアの訓練のシーンから始まるはずだった[1]。リークされた曲順🔗もパルパティーンの登場はカイロ・レンがマスクを修理した後であることが示唆されている。冒頭部分では、パルパティーンの演説(後にFortniteで披露されたもの)だけが使用されたのかもしれない。

終わりに

ということで、『スカイウォーカーの夜明け』の重大要素がどのような変遷を経て公開版の現在の形に落ち着いたのかを追ってきた。その制作の過程を知ることでより作品の最終決定が味わい深くなる一助になれば幸いだ。より詳細な撮影当時の脚本版の内容を知りたい方は、Andrew氏の体系的なまとめ記事を読んでもらいたい。この記事がなければ書き上げられなかったほどうまくまとまっており、感謝の念でいっぱいだ。設定の変遷にも賛否両論はあるだろうが、変遷自体を覆い隠そうとする公式の姿勢は間違いなく改めるべきだと思う。Andrew氏のようなオタクがいなければ闇に葬られる制作の歴史とはいかがなものか・・・。

最後に手前味噌のようで恐縮だが、このブログのシークエル三部作の関連記事を紹介しておく。この記事でも内容を飛ばし飛ばし紹介したトレヴォロウ版EP9の『Duel of the Fates』初稿の内容は、私が翻訳したファンコミックで楽しめる。また、ディズニーに却下されたルーカス自身のシークエル三部作案も「資料から読み解く、ジョージ・ルーカスのエピソード7案」(全5回)の記事で解説・考察している。あとは、『最後のジェダイ』が物語を破壊したことを褒める記事もある。我ながらかなりシークエル三部作に執着している。この三部作が完結して早5年。それでも、この作品への様々な思いが尽きることはない・・・。

参考資料
[1]『スカイウォーカーの夜明け』の撮影スケジュール、Blueskyの投稿、Andrew、2025年1月
[3]DotF第二稿、I read Colin Trevorrow and Derek Connolly’s final Star Wars: Episode IX script!、MakingStarWars、2020年1月
[4]ジャック・ソーンのEP9案、Exclusive: Rey’s backstory from Jack Thorne’s script for Colin Trevorrow’s Star Wars: Episode IX!、MakingStarWars、2019年12月
[5]アート・オブ・スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け、ヴィレッジブックス、2020年4月

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ジェイK
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